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琵琶ハムの歩み

明治29年より滋賀県近江八幡市にて近江牛の販売をしているカネ吉山本がお届けする 「琵琶ハム」。
滋賀の豊かな水系を育む琵琶湖を冠した琵琶ハムは、その名の通り皆様から広く知られ、永く愛されるようにと名付けました。
そもそもは、手造りと味ににこだわった琵琶ハムという一つのハムの名前でした。
しかし、カネ吉山本にはこだわりの手造り商品がたくさんあります。 ハム、ウインナー、焼豚などを一つのシリーズとし「琵琶ハム」と改めました。「琵琶ハム」を召し上がられたときに、おいしかった、もう一度食べたい、 そう思ってもらえるようこれからも高品質な商品を提供していきます。

ロゴに込めた思い

豊臣家によって、近江八幡が繁栄する為に、琵琶湖と八幡掘りをつなげた歴史があります。
私たちカネ吉山本も、近江八幡と滋賀県が全国の皆様と食を通じて繋がれようこのデザインと致しました。

沿革

  • ・1585年(1)
    豊臣秀吉の甥である豊臣秀次が八幡山に城を築く
  • ・1585年(2)
    自由商業都市としての発展を目指す為に、縦12筋、横4筋の碁盤上に区切った城下町を築く
  • ・1585年(3)
    市街地と琵琶湖を連結する為に、八幡山周囲に八幡堀を開削(八幡堀りの誕生)
  • ・1586年
    商都として繁栄する為に、楽市楽座を取り入れた八幡山下町中掟書十三カ条を発布
  • ・1595年~ 第二次世界大戦後
    八幡山城が廃城するが、商都として繁栄した城下町と 近江商人の活躍により第二次世界大戦後まで八幡堀りは運河として存続
  • ・1940年~1969年頃
    運河の機能が失われ、高度成長期の為、琵琶湖総合開発による琵琶湖の水位低下や生活排水の質的変化により、八幡堀りの荒廃が進行
  • ・1972年~1975年
    市は荒廃が進む八幡堀を埋め立てて公園と駐車場にする計画を立案するが、「よみがえる近江八幡の会」が発足され八幡堀埋立てが計画案が中止
  • ・1972年~1975年
    修景保存計画案のもと八幡堀りの再生が進行し、八幡堀りが復活

現在の八幡堀

現在でも、八幡堀を守る会、地元自治会、観光物産協会、観光ボランティアガイド協会、等の各種団体が清掃活動を続けており、
今では「八幡堀」はドラマの撮影などにも使われています。
「八幡掘り」は近江八幡のまちづくりのシンボルであり、私たちが風情ある風景として県外の方へ、おすすめしたい場所になっています。

琵琶ハムに使用される肉は国産のみです。味、食感ともに高品質な国産豚を使用しています。
職人による手造りです。肉の食感、香りなど最大限に引き出す独自の製法でひとつひとつ手作業で仕上げています。味付けは、肉の旨味を凝縮し、しっかりとした味と満足感が残る後味の良さに仕上げています。